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バセドウお役立ち情報 : ヘルストロンによる電気治療 -めたりかさんの場合
投稿者 :  投稿日時: 2007-05-09 17:08:25 (18682 ヒット)

ヘルストロンを実際に使用されているめたりかさんのレポートです。

この文章は、公開前に医師の指導を仰いだものではありません。素人の書いたもの、という先入観をお持ちの上でお読みください。



どうも、めたりかです。現在27歳です。
簡単に私の闘病記録とでもいいましょうか。
紹介させていただきます。
2004年の春です。いつものように出勤し、OLとして働いていました。
お昼になり、突然頭痛がしてきました。元々偏頭痛持ちなので
「ちょっと横になれば大丈夫かな」と、食事を後回しにして昼寝をすることにしました。
しかし頭痛はよくなるばかりか悪化し、ついには嘔吐を繰り返しました。
「コレは尋常じゃない」と思い、母に電話をして迎えに来てもらいました。
数十分後、母が来たときには胃の中のものがすっからかんになったのか、嘔吐はおさまり、でも頭痛は治まっていませんでした。
母が「ヘルストロンの支店が近くにあるから行こう」といって連れて行ってくれました。
ヘルストロンとは、体に電流を流すことによって血流をよくして、体内の毒素を出し切って健康になろうというもので、我が家では数年前からお世話になっているところです。
向かった先は私が住む静岡地区の本部と言ったところで、この地区の代表となっている方もいます。3万ボルトの電圧のヘルストロンに乗せてもらい、でも私はぐったりしてあまり意識はなかったと思います。
その間、母は代表の方に、今日の私の状態を報告していました。
すると代表の方が「この子、甲状腺やられてるね」
といいました。
そのときは、母も私も甲状腺のことに関してはあまり重要視せずに、私が安定したところで帰宅し、翌日普段どおりに出社したと記憶しています。
2、3ヶ月して、春に起きた嘔吐と頭痛も忘れた頃、子供の頃からやりたかった、サーフィンを始めました。快晴で、日差しも強かった日です。
早朝からめいっぱい楽しんで、昼過ぎに帰ろうかと、いっしょに行っていた子と話をしていたくらいに、また頭痛が始まりました。ちょっとおとなしくしていれば落ち着くだろうと、コンビニに行って、水分を買って、でもだんだん立っているのも座っているのも苦しくなってきました。異変に気付いた友人は車を私が横になれるように準備してくれて、家まで送ってくれました。
さすがにおかしいと思い始めました。
後日、久しぶりにコンタクトをして出社したときのことです。(普段はメガネですっぴんで仕事をしています)先輩が
「目がでてる」と、騒ぎ出しました。
そのうち別の先輩が、「お前甲状腺の病気かなんかじゃないのか?」
その時にやっと、春にヘルストロンの代表の方に言われたことを思い出しました。
翌日は会社の配慮で急遽年休を頂き、県の総合病院へ行きました。
担当課すらわからない状態でしたが、案内の方が教えてくれて、予約も取ってくれました。
待ち時間はかなりありましたが読書をしたりするうちに順番がきました。
担当の医師にここ数ヶ月のことを話します。
やたらとイライラしていたこと。それによって1年くらい付き合っていた彼氏と別れたこと。(ひたすら八つ当たりをしていたので逃げられてしまいました)目が出ているといわれたこと。
医師も質問をしてきます。
疲れやすくなっていませんか?動悸息切れは?不安定ですね?
参考にと見せられた「女性と甲状腺の病気」という冊子の、症状自己チェック表というものがあり、すべて当てはまる。(?暑がりである、?汗かきである、?疲れやすい、?動悸がする、?息切れがする、?落ち着きがなくイライラすることが多い、?食欲はあるのに体重が減った、?手足が震える、?ノドボトケの下が腫れている、?目つきがきつくなったり眼球がでてきた。)
眼球突起を図る定規のようなもので確認する。
「症状からみてもかなりの確実でパセドウ病であることに違いないでしょう。検査をしましょう。」
そう言われて、血液採取とレントゲンを取った。
レントゲンの受け取りのため、しばし待合室で待機。
なかなか私の名前が呼ばれない。病院がお昼休みに入る間際になって、受付の女性が、私がずっと待っていることに気付いて書類を確認してくれた。忘れられていたらしい。
そのとき自分では気付いてなかったけど、相当動揺していたんだろう。
たったそれだけのことで泣いてしまった。そのくらい、ずっと不安定だったようだ。
結果を持って、泣いてぐしゃぐしゃの私を見て、担当医師が驚いた。
「どうしたの?病気のこと?」違うといいたかったけど、鼻が詰まって声が出せない。
医師は「ちゃんと治療すればいつかは治るから、忍耐強くがんばろうね」と言ってくれた。
血液検査の結果は2週間後だからと、必ず来るように言われてその日は終わった。
家に帰り母に報告して、私は昼寝をしていた。その間に母はヘルストロンの代表の方に電話して、相談してくれていたようだ。
夕飯の時に母が「薬に頼らないで、ヘルストロンで治そう」と言い出しました。
母がどうしてこんなにヘルストロンを頼るのかは、今まで色々ありまして。
私が18の時に両親が離婚して、母と兄と3人で暮らし始めました。その時期母は物凄く情緒不安定で、もしあの時精神科にかかっていたなら「うつ病」と診断されてもおかしくないくらいの状態でした。
その母にとある友人がヘルストロンを勧めました。「心も落ち着いてくるから」とのことで、ヘルストロンの健康ルームというところに通いだしました。健康ルームでは、無料でヘルストロンに乗せてくれて、そこには先生と呼ばれる方がいて、健康についてヘルストロンについて、色々なお話を聞かせてくれます。大体15分から20分くらい乗せてもらえます。機械の押し売りはされたことはありません。私の家族が通っていたところには、ご年配の方に混じって同年代の子や、女子高生もちらほらいました。
一見すると、ちょっと宗教じみている気もしましたが、効果が感じられるようになってからは率先して通っていました。母は今ではすっかり元気で、彼氏もいるし、趣味のダンスにも行くし、絵も書いて、仕事にも行って、生き生きしています。私も、元々ヘルストロンに通いだしたのは子宮内膜症が原因でして、目に見えて違いがわかるようになったのは、経血が茶色かったものが、鮮血になっていったこと。生理痛が毎月酷くて、朝失神することもしばしばだったのが、普通に仕事をできるようになったこと。生理の周期もだいぶ安定しました。
それともう一つ、16歳の頃、あまりに生理痛が酷いので、とある産婦人科にて、ホルモン治療を受けました。
どういう仕組みかは覚えてませんが、生理を半年間止めてしまうというものです。
半年治療をしましたが、はっきりいってまったく改善は見られず、そこの産婦人科の医師はさらに治療を続けようとしましたが、胃に穴が開いたりとか、副作用がある、とのことで、母と医師がケンカになって、結局、投薬治療は怖いものなんだなという教訓をうけただけの治療となってしまいました。
治療後、いまだにですがホルモン治療の内容がつまり、体を更年期の症状にする、とのことで、そのころから肩こり腰痛等が酷く、悩まされています。
と、言うような具合だったので、母の気迫に押されて、というのも大きかったですが、その後病院に結果すら貰いにいかずに、ヘルストロンにのることを治療としています。
治療といっても、母がヘルストロンの、就寝時用というものを買ってくれたので、毎晩寝るときにスイッチを入れるだけです。電気を流すとカルシウムを大量消費するらしいので、カルシウムは常に飲んでいます。
ただ、それだけです。
他には食べ物にちょっと気を使う。
本来日本人は粗食なんですね。ご飯と味噌汁、漬物、あってもお魚くらい。
お肉なんて、日本人の体には、吸収されなくても大丈夫なんですね。
それ以外にもお菓子とか、油っこいもの。ファーストフードなんてもう毒です。
そういったものを、まったく食べないのは無理な話で、私も月一回くらいはマックに行くし、焼肉だって食べるし、お菓子も食べてますけど、毎日なんかしら間食してたことに比べれば少なくなった。
と、いうよりも、普段の食事を粗食にしたんですね。
晩ご飯はさかな中心。野菜もたっぷりとって、腹八分目。
おやつは一個だけ食べてみんなにあげちゃう。
私はお酒はそんなに飲まないですが、母と兄は毎晩焼酎を2,3杯。
母と私は喫煙者ですし。
神経質にならない程度の、食事制限をしている程度です。
お風呂はちゃんと湯船に浸かって、垢もしっかり落として。
母と兄は毎朝1時間くらいお散歩をしています。
そんな生活を一年くらい続けて、ふと、「そういや数値どうなったかな?」
と、思い、2006年7月1日、会社の人間ドックのついでに、血液検査を追加して調べてみました。(その分は当然個人負担です。)前回のものと比べたくなったので、2年越しで結果を貰いにも行きました。
こんな感じです。
遊離T3遊離T4TSAb
2004.09.109.9610.661440
2006.07.0126.74.81579

ちょっと見方がよくわからないのですが。(見方というか、その項目が示す意味がわからないですけど)
T3は数値あがっちゃってますけど・・・・・。
笑っちゃったのが、TSAbというやつ。
約4割にまで減っています。
よくなっているのか、悪化しているのかわかりませんが、変化があったのは確かですね。
次の検査の予定は4月以降ですので、今の状態は不明です。
ただ、去年の夏はそこまでぐったりしてなかったし、目が出ることもなかった。(私は基本的に目が出るとき、酷い頭痛に襲われます。みんなそうなのかな?)もっと言えば、2年前は日々、目が変わって、左右大きさずれて、視点が合ってないっていう時期もあったけど、今は割と均等になった。
イライラもそんなにしない。毎日嫌いな先輩が私の席の向かいにいるけど、キレることもそうそうない。
一年前から付き合いだした彼氏には、自分の病気のこと使えてあるけど、今のところ彼氏に八つ当たりしたこともない。バカ食いもしなくなった。というか、代謝がおちたのか、太りました。10キロ程。
階段とかたくさん上ると、人より息が切れるの早いかな?とは思うけど。2年前は事務所の2階に上がるだけで息が上がってた。
今年の年明けに、ひろさん(注:当サイト管理人)からメールを頂いて、その返事にも書きましたけど。
正直いうと、最近は自分がバセであるという認識が非常に薄いです。
そりゃ、じかに甲状腺触ればまだでてるけど。
日によっては引っ込んだり、柔らかかったり、でっぱてたり。
それでも2年前に病院に行ったとき、あのときの私とは本当に、見た目も別人だし性格も違ってる。
写真をみせることができればいいのだけど、2年前から、携帯電話、2回くらい変わってしまって。
電話機じたいは残ってるけどデータ取り出せないのでむりですね。
予備知識ですが、ヘルストロン、乗っていると、体内の毒素等出すため、体臭がつよくなったり、蓄積されたものがある場合は吹き出物となったり、オナラや便がすごいでます。尿も。
いつだったか、子供のころにかかった水疱瘡の菌が生きていたのか、全身に赤い斑点が出ていた時期もありました。2、3ヶ月で消えましたけど。
それと、薬の成分ですら否定します。
私が薬を飲まなかったのは、そこなんですね。のんでも意味ない。相殺されてしまうからです。
そこら辺は本当に、ヘルストロンの健康ルームに実際に行って頂いて、先生と相談されるのがいちばんだと思います。私の勝手な解釈で間違った情報流すのもいい迷惑ですから。
結構勇気のいる決断になるかと思います。
だから無理強いとかはできません。
ただ、こういったモノもあるんだと知っていただければ十分です。


この記事の著作権はめたりかさんにあります。一切の無断転載を禁止します(個人使用の目的での記事のコピーはOKです)。


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以前から
以前から
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かなり…。我慢の限界超えっ!!
だいぶ…。しんどい、もうへこたれそう。
そこそこ…。なんとかなってます。
あまり…。普段は自覚がないくらい。
まったく気にならない。
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